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神戸地方裁判所 昭和42年(行ウ)1号 判決

原告 磯野清貞

被告 西宮税務署長

代理人 平井義丸 中村治 風見幸信 ほか五名

主文

一  原告の昭和三七年分所得税について

(一)  被告が昭和三九年二月五日付でなした更正処分の取消しを求める原告の請求のうち

1  課税標準たる総所得金額一五八万一、九七五円を超えない部分および所得税金額二三万二、四二〇円を超えない部分の取消しを求める請求部分を却下する。

2  課税標準たる総所得金額金一五八万一、九七五円を超える部分および所得税額金二三万二、四二〇円を超える部分の取消しを求める請求部分を棄却する。

(二)  被告が前同日付でなした過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求を棄却する。

二  原告の昭和三八年分所得税について

(一)  被告が昭和三九年一〇月二四日付でなした決定処分の取消しを求める原告の請求を棄却する。

(二)  被告が前同日付でなした無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求を棄却する。

三  原告の昭和三九年分所得税について

(一)  被告が昭和四〇年七月一九日付でなした更正処分の取消しを求める原告の請求を却下する。

(二)  被告が前同日付でなした過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

(原告)

一  原告の昭和三七年分所得税について

(一) 被告が昭和三九年二月五日付でなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円およびこれに対応する所得税額を超える部分を取り消す。

(二) 被告が前同日付でなした過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

二  原告の昭和三八年分所得税について

(一) 被告が昭和三九年一〇月二四日付でなした課税標準たる総所得金額を金一、八三〇万七、七一一円、所得税額を金八六五万八、一一〇円とする決定処分を取り消す。

(二) 被告が前同日付でなした無申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

三  原告の昭和三九年分所得税について

(一) 被告が昭和四〇年七月一九日付でなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円とする更正処分を取り消す。

(二) 被告が前同日付でなした過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

(被告)

主文同旨

第二当事者の主張

(原告)

一  請求原因

(一) 原告は、その昭和三七年分および昭和三九年分の各所得税について、右記表のとおり、被告に対し確定申告し、昭和三八年分の所得税については確定申告をしなかつたところ、被告が、左記表のとおり、昭和三七年分および昭和三九年分の所得税については更正処分ならびに過少申告加算税の賦課決定処分を、昭和三八年分の所得税については決定処分ならびに無申告加算税の賦課決定処分をしたので、被告に対し、昭和三七年分の所得税については昭和三九年三月五日、昭和三八年分の所得税については昭和三九年一一月二〇日、昭和三九年分の所得税については昭和四〇年七月三一日、それぞれ異議申立てをしたが、被告が昭和三七年分所得税については昭和三九年六月二二日、昭和三八年分所得税については昭和三九年一二月二一日、異議申立て棄却の決定をしたので、昭和三七年分所得税については昭和三九年七月一五日、昭和三八年分所得税については昭和三九年一二月三一日、それぞれ大阪国税局長に対し審査請求をしたけれども、昭和三九年分所得税については、被告において異議申立てを審査請求として取扱うことを適当と認め、その旨原告に通知し、昭和四〇年一〇月二一日、原告がこれに同意したので、同日、大阪国税局長に対し審査請求がなされたものとみなされた。そして、大阪国税局長は、昭和三七年分、昭和三八年分および昭和三九年分の各所得税について、それぞれ昭和四一年九月一二日付で審査請求を棄却する旨の裁決をなし、そのころ、原告に通知した。

昭和37年分

昭和38年分

昭和39年分

確定申告

(38.3.13提出)

更正

(39.2.5付)

決定

(39.10.24付)

確定申告

(40.3.13提出)

更正

(40.7.19付)

1

課税標準たる総所得金額

1,581,975

4,466,526

18,307,711

6,091,461

6,091,461

2

同上の内訳

事業(農業)所得

28,990

28,990

3

不動産所得

18,680

18,680

4

譲渡所得

1,534,305

4,418,856

18,307,711

6,091,461

6,091,461

5

所得控除金額

365,558

365,558

107,500

100,117,500

117,500

6

同上の内訳

社会保険料控除

15,243

15,243

7

生命保険料控除

25,315

25,315

8

配偶者控除

97,500

97,500

9

扶養控除

130,000

130,000

10

基礎控除

97,500

97,500

107,500

117,500

117,500

11

雑損控除

100,000,000

0

12

差引課税所得金額

1,216,400

4,100,900

18,200,200

0

5,973,900

13

所得税額

232,420

1,300,900

8,658,110

0

2,136,250

14

過少申告加算税

53,400

106,800

15

無申告加算税

865,800

(二) しかし、原告の昭和三七年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円(事業所得金二万八、九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、譲渡所得金四四一万八、八五六円)およびこれに対応する所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち、課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円(事業所得金二万八、九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、譲渡所得金三〇万九、三二四円)およびこれに対応する所得税額を超える部分は違法であり、原告の昭和三八年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金一、八三〇万七、七一一円(譲渡所得金一、八三〇万七、七一一円)およびこれに対応する所得税額を金八六五万八、一一〇円とする決定処分は違法であり、原告の昭和三九年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円(譲渡所得金六〇九万一、四六一円)およびこれに対応する所得税額金二一三万六、二五〇円とする更正処分は違法であり、したがつて、また、原告の昭和三七年分および昭和三九年分の各所得税について被告がなした各過少申告加算税の賦課決定処分ならびに原告の昭和三八年分所得税について被告がなした無申告加算税の賦課決定処分も違法である。

よつて、原告は被告に対し、原告の昭和三七年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円およびこれに対応する所得税額を超える部分ならびに過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求め、原告の昭和三八年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金一、八三〇万七、七一一円、所得税額を金八六五万八、一一〇円とする決定処分ならびに無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求め、原告の昭和三九年分所得税について被告がなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円とする更正処分ならびに過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める。

二  被告の本案前の主張について

原告は、本訴において、原告の昭和三七年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円およびこれに対応する所得税額を超える部分の取消しを求め、また、原告の昭和三九年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円とする更正処分の取消しを求めるものであるが、原告の昭和三七年分所得税について原告がなした確定申告によればその課税標準たる総所得金額は金一五八万一、九七五円(うち譲渡所得金一五三万四、三〇五円)であり、原告の昭和三九年分所得税について原告がなした確定申告によれば、その課税標準たる総所得金額は金六〇九万一、四六一円(譲渡所得)であるところから、被告は、右各更正処分のうち原告が申告した課税標準たる総所得金額を超えない部分は、その範囲においては所得のあることを自認するものであるとして、その範囲について取消しを求める訴えの利益がないと主張する。しかし、被告主張のように原告が更正の請求手続を経ていなくとも、原告が原告の昭和三七年分および昭和三九年分の各所得税についてなした確定申告は、申告にかかる譲渡所得が昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当することを原告において知らなかつたためになされたものであつて、右申告額は錯誤に基づくものであるから、原告は右錯誤を主張し得るものというべく、右申告額の範囲において譲渡所得のあることを目認したことにはならないというべきである。けだし、本件においては、右錯誤は客観的に明白かつ重大であつて、所得税法の定めた方法以外にその是正を許さないならば納税者である原告の利益を著しく害すると認められる特段の事情があるからである。

三  被告の本案の主張について

被告主張の原告の昭和三七年分、昭和三八年分および昭和三九年分の各課税標準たる総所得金額のうち昭和三七年分の課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円〔事業所得金二万八九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、譲渡所得金三〇万九、三二四円(別紙譲渡収入金額等明細表2の譲渡益金七六万八、六四八円から特別控除額金一五万円を控除した金額の二分の一)〕は認めるが、その余の課税標準たる総所得金額は否認する。すなわち、原告は、右各年の譲渡所得について被告主張の別紙譲渡収入金額等明細表1ないし17の各欄記載事項は認めるものであるけれども、そのうち2については被告主張のとおりの譲渡所得があつたことは認め、その余は被告主張の譲渡所得があつたことを否認するものである。

(一) 原告は、肥山英世が昭和三七年七月二三日白石政雄から金一、〇〇〇万円を弁済期同年一〇月二三日、利息金一〇〇円につき日歩一三銭と定めて借り受けるに際し、その連帯保証人となつたが、さらに肥山の白石に対する右債務を担保するため、原告所有の別紙譲渡収入金額等明細表3、4の不動産について、代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由していたところ、肥山が債務の履行を怠つたため、右不動産は昭和三七年一〇月三〇日代物弁済として白石に所有権移転登記がなされたけれども、右代物弁済は解除されて右不動産は原告に取り戻されたのであるから、被告主張のように右不動産が代物弁済により原告から白石に譲渡されたものとして、これに課税することは許されない。すなわち右不動産は代物弁済として原告から白石に所有権移転登記がなされたのであるけれども、原告は白石との間で昭和三八年二月末日までに元利金一、二〇〇万円を支払うことを条件に右不動産の返還を受ける約束を成立させたものであるところ白石が右約束に反し、右不動産を昭和三八年二月一五日天野スズエに譲渡したため、原告は、やむなく右金一、二〇〇万円を天野宛に供託したのであるが、天野は既に同年二月一五日右不動産を担保に株式会社日証から金一、五〇〇万円を借り受けて根抵当権を設定するとともに代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を了し、右金一、二〇〇万円の供託金を受領しながら、日証に対する弁済をしないまま放置したため、原告は、やむなく日証との間において、昭和四〇年二月一六日、原告が日証に金一、七八〇万円を支払つて右不動産を取り戻す旨の裁判上の和解を成立させたうえ原告が日証に対し、右知解に基づく金一、七八〇万円を支払つて右不動産を取り戻し、売買を原因として日証から原告に所有権移転登記がなされたものであるから、原告から白石に対する右不動産の代物弁済は、実質上原告の保証債務の履行により解除されて、右不動産は原告に取り戻されたものであつて、被告が形式的に登記簿上の記載のみから、右不動産は代物弁済により譲渡されたものとして、これに課税することは許されない。

(二) 原告は、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入があつたのであるが、右譲渡収入金額は、原告の保証償務の履行に費したものであつて、その履行に伴う求償権の全部について、主債務者および他の保証人に対し、これを行使することができなかつたものであるから、右譲渡収入金額は昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項にいわゆる「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合において当該履行に伴う求償権の全部又は一部を行使することができないこととなつた部分の金額を当該資産の譲渡による収入金額のうち回収することができないこととなつた部分の金額とみなして前項の規定を適用する。」に該当し、右収入は課税標準たる総所得金額とはならないものである。すなわち、原告は、肥山英世が勝山内匠から昭和三六年九月二六日金一、六〇〇万円を弁済期同年一二月一四日、昭和三七年六月一八日金三〇〇万円二口を弁済期同年八月一六日、同月三一日、いずれも利息金一〇〇円につき日歩一〇銭として借り受けるに際し、また、肥山英世が小槻泰久から同年六月一八日金二、五〇〇万円を弁済期同年一二月一二日、利息金一〇〇円につき日歩一二銭として借り受けるに際し、いずれも保証人となつたものであるが、さらに原告は肥山英世が白石政雄から前記(一)のとおり金一、〇〇〇万円を借り受けるに際し、連帯保証人となつたものであるところ、原告は、右各保証債務の履行として、別紙保証債務履行一覧表記載のとおり、元金五、七〇〇〇万円、利息金一、八四七万五、〇〇〇円、その他金四一九万四、〇〇〇円合計金七、九六六万九、〇〇〇円の支払をしたが、右支払をするについて同一覧表のとおり、金融機関から金三、三〇〇万円の融資を受けたほか、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17のとおり、原告所有の不動産を合計金五、四九二万三、一四五円で譲渡し、その収入金額の全額を右融資金の返済ないし保証債務の履行に費したものであるから、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入は課税標準たる総所得金額とはならないものである。

被告は、別紙保証債務履行一覧表からは、原告が別紙譲渡収入額等明細表1、5ないし71の不動産を売却して、その譲渡益をもつて直接保証債務の支払をなし、金融機関からの融資金の返済をしたという直接関係は認められないと主張するが、所得税法六四条二項(昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項)に関する基本通達には「保証償務の履行を借入金で行ない、その借入金を返済するために資産の譲渡があつた場合においても、当該資産の譲渡が実質的に保証債務を履行するためのものであると認められるときは、法六四条二項に規定する『保証債務を履行するための譲渡があつた場合』に該当するものとする。」とし、さらに(注)として「借入金を返済するための資産の譲渡が保証債務を履行した日からおおむね一年以内に行われているときは、実質的に保証債務を履行するために資産の譲渡があつたものとしてさしつかえない。」としているところからすれば、特定の保証債務の履行につき要した金員が、どの不動産の譲渡収入で支払われ、どの借入金に支払われたか、どの借入金がどの不動産の譲渡収入で返済されたかというような直接的な関係を主張・立証するまでもなく、保証債務履行の前後おおむね一年以内に行なわれた不動産の譲渡であれば、法にいう「保証債務を履行するため資産の譲渡があつた場合」に該当するというべきである。このように右通達の趣旨を合理的な限度において拡張して適用しても決して不当でないと考える。

(被告)

一  本案前の主張

原告は、本訴において、原告の昭和三七年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円およびこれに対応する所得税額を超える部分の取消しを求め、また、原告の昭和三九年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円とする更正処分の取消しを求めるものであるが、原告の昭和三七年分所得税について原告がなした確定申告によれば、その課税標準たる総所得金額は金一五八万一、九七五円(うち譲渡所得金額金一五三万四、三〇五円)であり、原告の昭和三九年分所得税について原告がなした確定申告によれば、その課税標準たる総所得金額は金六〇九万一、四六一円(譲渡所得)であるから、原告は、右各更正処分のうち原告が申告した課税標準たる総所得金額を超えない部分は、いずれも、その範囲においては所得のあることを自認したものというべきであつて、その範囲において取消しを求める訴えの利益はない。けだし、本来、確定申告書を提出すれば、それによつて納税義務は確定し、申告書の記載金額を下回わる金額を主張するためには、更正の請求の手続をとるべきでつて、かかる手続をとらない以上、納税者自ら、その金額を自認したものというべきであるからである。したがつて、原告の昭和三七年分所得税について被告がなした更正処分について、申告額である課税標準たる総所得金額金一五八万一、九七五円および所得税額金二三万二、四二〇円を超えない部分の取消しを求める訴え、ならびに原告の昭和三九年分所得税について被告がなした更正処分の取消しを求める訴えは、いずれも不適法として却下すべきである。

二  請求原因に対する認否

請求原因(一)は認めるが、同(二)は否認する。

三  本案の主張

原告の昭和三七年分の課税標準たる総所得金額は金四四六万六、五二六円(事業所得金二万八、九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、譲渡所得金四四一万八、八五六円)であり、昭和三八年分のそれは金一、八三〇万七、七一一円(譲渡所得)であり、昭和三九年分のそれは金六〇九万一、四六一円(譲渡所得)であつて、右各年度の譲渡所得の内容は別紙譲渡収入金額等明細表1ないし17のとおりである。したがつて、被告が原告の昭和三七年分所得税について課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円としてなした更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分、原告の昭和三八年分所得税について課税標準たる総所得金額を金一、八三〇万七、七一一円、所得税額を金八六五万八、一一〇円としてなした決定処分および無申告加算税の賦課決定処分、原告の昭和三九年分所得税について課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円としてなした更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分は、いずれも適法である。

(一) 原告は、別紙譲渡収入金額等明細表3、4記載の不動産の譲渡について、その譲渡所得金額の生じたことを否認するが、原告は、昭和三七年七月二三日、白石政雄との間で、同人から弁済期を同年一〇月二三日と定めて金一、〇〇〇万円を借り受けるとともに、右債務を弁済期までに履行しないときは、その債務の弁済にかえて原告所有の右不動産の所有権を白石に移転する旨の代物弁済の予約をなしたところ、原告が右弁済期までに右債務の履行をしなかつたので、右不動産は、そのころ代物弁済により原告から白石に譲渡されたものである。したがつて、右不動産の譲渡による収入金額は、原告が譲渡当時有していた債務額相当額とみるべきところ、貸主である白石の申立てに基づいて、被告は、当該金額を金八八〇万円と算定したものである。

(二) 原告は、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入のあつたことを認めながら、右譲渡収入金額は保証債務の履行に費したものであるとして、昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当する旨主張する。しかし、原告主張のように原告が保証人となつて、肥山英世が主債務者として勝山内匠ら原告主張の各債権者から金員を借り受けたものではなく、原告が主たる債務者として原告主張の各金員を、その主張の各債権者らから借り受けたものである。しかも原告は、保証債務の履行として、別紙保証債務履行一覧表記載のとおり支払をしたとし、右支払をするについては、同一覧表のとおり、金融機関から融資を受けたほか、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17のとおり、原告所有の不動産を譲渡し、その収入金の金額を右融資金の返済ならびに保証債務の履行に費したとして、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入は課税標準たる総所得金額とはならないと主張するが、原告の主張によつても、譲渡収入金額と原告の主張する保証償務の履行との間には直接的な関係は何ら存在しない。この点について原告は、所得税基本通達を援用するが、右通達は、昭和四五年九月一日から施行され、同通達附則2に照らせば明らかなとおり、昭和四五年分以降の所得税について統一的に全国で適用実施しているものであるから、原告の昭和三七年分、昭和三八年分および昭和三九年分の各所得税については適用のないものであるのみならず、右通達は、保証債務の履行と資産の譲渡との間に明らかに強い因果関係があると実質的に認められる場合を前提とするものであつて、原告主張のように右通達を恣意的に拡張解釈して適用すべきものではない。

第三証拠関係<略>

理由

一  原告は、本訴において、原告の昭和三七年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円とする更正処分のうち課税標準たる総所得金額金三五万六、九九四円およびこれに対応する所得税額を超える部分の取消しを求め、また、原告の昭和三九年分所得税については被告がなした課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円とする更正処分の取消しを求めるものであるが、原告の昭和三七年分所得税について原告がなした確定申告によれば、その課税標準たる総所得金額は金一五八万一、九七五円(うち譲渡所得金一五三万四、三〇五円)であり、原告の昭和三九年分所得税について原告がなした確定申告によれば、その課税標準たる総所得金額は金六〇九万一、四六一円(譲渡所得)である。ところで納税義務者が確定申告書を提出すれば、原則として、それによつて納税義務者が確定するのであつて(国税通則法一六条)、納税義務者が確定申告書の記載の錯誤による無効を主張し得る場合であれば格別、そうでない以上、更正の請求という手続(国税通則法二三条あるいは所得税法一五二条)によつてのみ、その金額の減額変更を求め得るところからしても、かかる更正の請求手続をとることなく、納税義務者が自己の確定申告書に記載した金額が高額にすぎるとして、更正処分のうち申告額を超えない部分の取消しを訴えをもつて求めることは、納税義務者の自認する所得金額の範囲を超えて更正処分の取消しを求めることになるから、訴えの利益を欠くものとして、許されないというべきである。原告は、更正の請求という手続を経ていなくとも、原告が原告の昭和三七年分および昭和三九年分の各所得税額についてなした確定申告は、申告にかかる譲渡所得が昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当することを原告において知らなかつたためになされたものであつて、右申告額は錯誤に基づくものであるから、原告は申告額について右錯誤による無効を主張し得ると主張するが、原告が申告した譲渡所得金額について、原告の主張するような過誤があつたとしても、原告の提出した申告書自体から、かかる過誤が明白であるとはいえないし、また、原告が申告した譲渡所得金額について、原告の主張するような過誤が生じたことの真にやむをえない事情が原告に存在していたという特段の事情についても、なんら原告において主張・立証するところがなく、むしろ、後記認定の事実からすれば、原告には原告の主張するような右改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当することについての錯誤がなかつたことが認められるのであるから、原告の右主張は採用できない。

してみると、原告の昭和三七年分所得税について被告がなした更正処分について、原告の申告額である課税標準たる総所得金額金一五八万一、九八五円および所得税額金二三万二、四二〇円を超えない部分の取消しを求める訴え、ならびに原告の昭和三九年分所得税について被告がなした更正処分の取消しを求める訴えは、いずれも不適法として却下すべきである。

二  請求原因(一)は当事者間に争いがない。そこで原告の昭和三七年分所得税について被告のなした更正処分のうち原告の申告額である課税標準たる総所得金額金一五八万一、九七五円および所得税額金二三万二、四二〇円を超える部分の適否と過少申告加算税の賦課決定処分の適否、原告の昭和三八年分所得税について被告のなした決定処分の適否と無申告加算税の賦課決定処分の適否ならびに原告の昭和三九年分所得税について被告のなした過少申告加算税の賦課決定処分の適否を検討すべきであるが、原告は、原告の昭和三七年分所得税について被告が主張する課税標準たる総所得金額のうち、事業所得金二万八、九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、別紙譲渡収入金額等明細表2の資産の譲渡による譲渡所得は、これを認めて争わないところであり、また、原告の昭和三九年分所得税について原告の主張する所得控除金額としての雑損控除金一億円は、その主張を撤回するものであるから、以下、被告の主張する別紙譲渡収入金額等明細表1、3ないし17の資産の譲渡による譲渡所得があつたかどうかについて検討する。

(一)  別紙譲渡収入金額等明細表3、4の資産の譲渡による譲渡所得について

<証拠略>によれば、原告は、後記(二)認定の経緯から、昭和三七年七月二三日、白石政雄から金一、〇〇〇万円を弁済期同年一〇月二三日、利息月四分と定めて借り受けることとし、弁済期までの利息金一二〇万円を天引きのうえ金員の交付を受けたが、右債務を担保するため、原告に債務の不履行があつたときは、白石において自己の債権の満足をはかるため、原告所有の別紙譲渡収入金額等明細表3、4の不動産の所有権を取得することができる旨の代物弁済予約をなし、原告から白石に対し、同明細表3の不動産について同年七月二三日、同明細表4の不動産については同年八月二七日、いずれも代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由したところ、原告が右弁済期日に債務の履行をしなかつたため、白石は、そのころ、代物弁済予約の完結の意思表示をなしたうえ、同明細表3の不動産については同年一〇月三〇日、同明細表4の不動産については同月二九日、それぞれ代物弁済を原因として所有権移転登記を経由したこと、そこで原告は白石と交渉した結果、同月二九日、原告と白石との間において、買戻期限を同年一二月二〇日と定めて、原告が白石から同明細表3、4の不動産を前記借受金額で買戻すことができる旨の契約をなしたが、その後、右代金を金一、二〇〇万円、買戻期限を昭和三八年二月末日まで延長する旨の合意が成立したこと、原告は同年二月二六日右買戻しの代金一、二〇〇万円を準備したが、白石は既に右期限前である同年二月一四日右各不動産を代金一、二〇〇万円で天野スズエに売却し、同月一五日白石から天野に対し所有権移転登記を経由していたので、原告は、とりあえず、同年三月四日、金一、二〇〇円を売買代金として天野宛に弁済供託したけれども、天野もまた既に同年二月一四日株式会社日証から右各不動産を担保に金一、五〇〇万円を借り受け、同月一五日、右各不動産について天野から日証に代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記を経由していたこと、そのため、原告は、昭和四二年二月一六日、日証との間において、原告は日証に対し、日証が天野から右各不動産について右仮登記に基づく本登記手続をすることを承諾し、日証から右各不動産を代金一、七八〇万円で買受ける旨の裁判上の和解(神戸地方裁判所尼崎支部昭和三九年(ワ)第九八号事件)を成立させ、同月二〇日、右代金一、七八〇万円を日証に支払つて、右各不動産の所有権を取得し、同日、天野から日証、日証から原告に所有権移転登記が経由されたこと、以上のとおり認めることができる。右認定に反する<証拠略>は前記各証拠に照らして採用できず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、債権者である白石政雄が原告に対する元金を金一、〇〇〇万円とする金銭債権の満足を確保するため、債務者である原告との間において、原告所有の別紙譲渡収入金額等明細表3、4の不動産について、代物弁済の予約により、債務の不履行があつたときは、債権者である白石において右各不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨約し、かつ、所有権移転請求権保全の仮登記をするという、いわゆる仮登記担保契約が締結されたものというべきところ、右仮登記担保契約が、いわゆる無精算型のものであるか、あるいは、いわゆる帰属精算型ないし処分精算型のものであるかはともかく、債務者である原告が弁済期日に履行しなかつたため、債権者である白石のなした代物弁済予約完結の意思表示により、右各不動産の所有権は白石において取得し、元金を金一、〇〇〇万円とする金銭債務を消滅させたものであるから、いわゆる資産の譲渡に当るというべきである(なお、本件には仮登記担保契約に関する法律は適用されない。)。原告は、白石が右各不動産の所有権を代物弁済により取得したことを認めながら、実質上、右代物弁済は解除されて、右各不動産の所有権を原告が取戻したと主張するのであるが、右認定の事実によれば、債務者である原告が弁済期日に履行しなかつたため、債権者である白石のなした代物弁済予約完結の意思表示により、右各不動産の所有権は原告から白石に移転し、しかも、原告から白石に所有権移転登記が経由され、ついで白石が、これを天野スズエに売却処分して所有権移転登記が経由されているのであるから、原告と白石との間に締結された仮登記担保契約が、いかなる類型のものであるにせよ、もはや原告は白石に対する債務を弁済して仮登記担保権を消滅させ、右各不動産の所有権を回復することはできず、確定的に自己の所有権を失つたものというべきである。原告と白石との間において、買戻期限を昭和三八年二月末日までと定めて、原告が白石から右各不動産を代金一、二〇〇万円で買戻すことができる旨の契約を締結したが、右各不動産の所有権は白石から天野、天野から株式会社日証に移転したことから、原告と日証との間において、裁判上の和解に基づき、右各不動産について、売買契約が成立し、原告がその所有権を取得した経緯は前記認定のとおりであるけれども、このことから、ただちに、原告主張のように原告から白石に対する代物弁済が実質上解除されて右各不動産の所有権を原告が取り戻したと解することはできない。そもそも、資産の譲渡による所得とは、資産の移転を機会に従来の資産の含み益を精算し、これが資産の所有者に帰属するものとして、課税の対象とするものであるから、債権者である白石が右各不動産の所有権の移転を受けた以上、税務会計における法的基準としての権利確定主義の原則に照らし、原告と白石との間に締結された仮登記担保契約が、いかなる類型に属するにせよ、また、債務の消滅、精算が完了しない段階であるにせよ、譲渡所得の発生を妨げるものではないのである。ところで一般に代物弁済にあつては、債務を消滅せしめる対価として代物を債権者に譲渡するものであるから、債務額に相当する対価をもつて吸収すべき金額として譲渡所得を計算するのが相当であるところ、代物弁済によつて消滅する債務の額と代物の価額とに差のあることについては、なんらの主張・立証もなく、かえつて、別紙譲渡収入金額等明細表3、4の各欄記載事項については当事者間に争いのないところであるから、原告は同明細表3、4に記載のとおりの資産の譲渡による譲渡所得があつたものと認めるべきである。

(二)  別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の資産の譲渡による譲渡所得について

別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入のあることは当事者間に争いがないところ、原告は、右譲渡収入金額は保証債務の履行に費したものであるとし、昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当するから、課税の対象とはならない旨を主張する。しかしながら、<証拠略>によれば、原告は、昭和三六年六月ごろ、肥山英世から、原告が資金を提供すれば、恰好の山林があるので、これを購入して他に売却すれば莫大な利益を得ることができるから、共同して山林売買の事業をしないかとの勧誘を受けたところから、肥山の勧誘を受けて、同人と共同して山林売買の事業をすることとし、その山林の購入資金等を得るため、原告所有の不動産を融資先に担保として提供したうえ、融資先である勝山内匠から、昭和三六年九月二六日、金一、六〇〇万円を弁済期同年一二月一四日、利息年一割として、昭和三七年六月一八日、金三〇〇万円を弁済期同年八月一八日、利息日歩一〇銭として、金三〇〇万円を弁済期同年八月三一日、利息年一割二分として、それぞれ借り受け、また、融資先である小槻泰久から、同年六月一八日、金二、五〇〇〇万円を弁済期同年一二月一二日、利息日歩一二銭として借り受けたことが認められるほか、前記(一)において認定したとおり、融資先である白石政雄から同年七月二三日、金一、〇〇〇万円を弁済期同年一〇月二三日、利息月四分として借り受けたものである。もつとも、原告は、右認定の各金銭貸借は、肥山英世が債務者として借り受けたものであつて、原告が保証人となつたものである旨主張し、<証拠略>には、原告の右主張に副うところがあるけれども、右各証拠は、前記認定の資料となつた各証拠に照らして採用できず、他に原告の右主張を認めて前記認定を覆すに足りる証拠はない。したがつて、原告が、前記認定の各金銭貸借について、保証債務を負担していたことを前提として、別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の譲渡収入金額は、保証債務の履行に費したものであるとして、昭和四〇年三月三一日法律第三三号による改正前の所得税法一〇条の六第二項に該当するから、課税の対象とはならないする原告の主張は、その余の点を判断するまでもなく、採用することができない。ところで別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17の各欄記載事項については当事者間に争いがないのであるから、原告は別紙譲渡収入金額等明細表1、5ないし17に記載のとおりの資産の譲渡による譲渡所得があつたものと認めるべきである。

そうすると、原告の昭和三七年分、昭和三八年分および昭和三九年分の各所得税について、課税標準たる総所得金額として、被告の主張する別紙譲渡収入金額等明細表1、3ないし17の資産の譲渡による譲渡所得があつたことが認められるから、右各年分の譲渡所得は別紙譲渡収入金額等明細表1ないし17のとおりであつて、原告の昭和三七年分の課税標準たる総所得金額は金四四六万六、五二六円(事業所得金二万八、九九〇円、不動産所得金一万八、六八〇円、譲渡所得金四四一万八、八五六円)であり、昭和三八年分のそれは金一、八三〇万七、七一一円(譲渡所得)であり、昭和三九年分のそれは金六〇九万一、四六一円(譲渡所得)である。したがつて、被告が原告の昭和三七年分所得税について課税標準たる総所得金額を金四四六万六、五二六円、所得税額を金一三〇万〇、九〇〇円としてなした更正処分および過少申告加算税の賦課決定処分、原告の昭和三八年分所得税について課税標準たる総所得金額を金一、八二〇万七、七一一円、所得税額を金八六五万八、一一〇円としてなした決定処分および無申告加算税の賦課決定処分は、いずれも適法であり、また、原告の昭和三九年分所得税について課税標準たる総所得金額を金六〇九万一、四六一円、所得税額を金二一三万六、二五〇円としてなした更正処分は適法であるから、同年分の所得税について被告がなした過少申告加算税の賦課決定処分も適法である。

三  よつて、原告の昭和三七年分所得税について被告がなした更正処分の取消しを求める原告の請求のうち、課税標準たる総所得金額金一五八万一、九七五円を超えない部分および所得税額金二三万二、四二〇円を超えない部分の取消しを求める請求部分は不適法であるから却下し、右各金額を超える部分の取消しを求める請求部分ならびに被告がなした過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がないから棄却し、原告の昭和三八年分所得税について被告がなした決定処分の取消しを求める原告の請求ならびに被告がなした無申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求は、いずれも理由がないから棄却し、原告の昭和三九年分所得税について被告がなした更正処分の取消しを求める原告の請求は不適法であるから却下し、被告がなした過少申告加算税の賦課決定処分の取消しを求める原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 阪井いく郎 谷口彰 上原理子)

保証債務履行一覧表 <略>

譲渡収入金額等明細書 <略>

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